翌日は、家族で近江八幡を散策したり水郷巡りの舟に乗る予定だったが、あいにくの雨で、
チェリママたちは家にいると言うので、私一人で出掛けることにした。
近江八幡から予定を変更、前から行きたかった安土城を目指す。
高槻から電車で1時間くらいで到着。

のどかな田園地帯の中に小高い山がある。そこが織田信長の居城、安土城跡だ。

雨と強風の悪天候で、人影なし・・

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この悪条件の中、幻の名城跡、安土山の頂上を目指すのだ。
チェリパパのロンリーバトルが始まった

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城の入り口付近。石垣の参道が、深い山の中に向かって延びているこの雰囲気。
城好きにはたまらない風景

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城の入り口付近。羽柴(豊臣)秀吉邸跡がある。


ただ苔むした石垣だけが、兵どもの夢の跡を後世に伝えているのであった。

羽柴邸の向かいに、前田利家邸跡。
城の入り口を守るかのように、重臣2名が屋敷を構えていた。

山を切り開き一直線に伸びる石垣の道は、そのまま戦国時代へと続いているかのような幻想的な錯覚におちいりそうだ。

階段の石垣には、このような石仏が掘られたものも多く使われていた。
こんな踏む場所にこういう物を使うとは、神仏をも畏れぬ信長らしい城づくり?と言えるのだろうか。

数百年もの間人の手の入っていない原生林となっている安土城。
雨と風の中、一人で深い歴史の中へと分け入っていく感覚が、身震いを禁じ得ない。

400年以上にわたって封印されている歴史の舞台。 今そこにいる感激。

この巨石を、こんな山深いところまでよく運んできたものだ。

まるでインカやマヤの遺跡のようだ。 時空を超えたかのような不思議な感覚におそわれる。

石仏の足跡を掘った不思議な石垣があった。
何とも言えぬこのゾクッとするミステリアスな感覚は一体何であろうか・・。

二の丸跡に出る。
鬱蒼と茂った木々の向こうに、信長墓所がある。
轟々と容赦無く吹き付ける風に、木々の枝がざわざわと大きく揺れる。
この歴史の大舞台たる安土山に立っているのは、私一人のみ。
緊張と孤独感と感激で、足が震える。

天下統一目前で、この世を去った織田信長。

本丸跡に出る。
今は何もなくても感じることはできる。かつての栄華を誇った名城の面影を。

天守閣入り口跡。
向こうから、甲冑姿の武士がやってきそうな雰囲気。

ついに来た、天守閣跡。
普通天守閣の石垣は上から見ると四角形だが、安土城は摩訶不思議な八角形。
430年前、ヨーロッパの宣教師たちも驚嘆した、美しい豪壮な天守がそびえたっていたのだ。

石垣の上から望む。暴風雨のため景色はあまりよく見えない

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自分も飛ばされないよう、気をつけて撮影

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天守台は、上半分が崩落し、人の手が入らないまま、ゆっくりと自然の中に還っているかのようだった。
山からの下り道の途中、総見寺という寺が中腹に立っていた。
あまり予備知識なく見たので、いきなり山の中にあらわれたものすごく古い三重塔に、度肝を抜かれた

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調べると、安土城築城当時からここは残っているとのこと。
とにかく、見るからにとてつもなく古い。
突然目の前に現れたこの塔を前にして、金縛りにでもあったかのような感覚に襲われた

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もしかしたら、安土城最大の見どころはここなのかもしれない。
この、重苦しいほどの歴史のオーラに、しばらく動けなかった。

ここからは琵琶湖を一望できた。
この風景を見て、ふっと我に返ることが出来た、と言ってもよい。

三重塔の下に、山門が見えた。
ふと雨が止み、陽の光がパアッと山門の屋根瓦を照らした。
この時の宇宙的な幻想的な美しい風景は深く心に刻まれた。
山門には仁王像が両側に立っていたのだが、あまりの恐ろしい形相に、写真を撮るのもためらうほどであった・・。
石垣のみの城跡でも、これほど深い感動を与えてくれる城は、そうはないだろう。
多少なりとも城や歴史に興味ある方は、是非行かれることをおすすめしたい城だった。


安土城近くには、「信長の館」という施設があって、安土城天守閣を復元したものがある。
一応さらっと見学。
雨風が強かったこの日は、安土城のみで帰る予定であったが、何となく雨足も弱まってきたので、欲を出してしまう。
安土のすぐ近くに「五個荘」という、古い街並みが有名な町がある。
そこも是非行ってみたいと昔から思っていたのだが、思い切って今日行ってしまおう!とタクシーに乗り込んだ。

五個荘に到着。近江商人の街だ。


屋敷の中を見学できる。




この写真を撮った直後、突然ものすごい突風とともに、天から恐ろしいものが降ってきた。
ヒョウである

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とにかくいきなりの攻撃で、こちらはなすすべもなし

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立っていられないほどの強風で、ヒョウが顔に当たって痛い

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これは相当ヤバいと思い、すぐにまた先ほど見た商人屋敷に飛び込む

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びしょ濡れになったため、さすがにこれはすぐに撤収しようと思い、タクシーを呼んでもらう。
どうにか近くの能登川駅まで行ったものの、JRは止まっていた・・。
そこから電車の復旧を待って、ようやく高槻へ帰宅・・・。
最後の最後に、なんとも強烈な思い出となったこの日であった・・・

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